新 着 情 報
2011年12月10日
閉じられた時の扉(9)ー奇跡?ー
◆奇跡?◆
気がつくと僕はベッドの中だった。
視線の先に、よく知った顔がならんでた。
みんな、不安そうな顔して僕のことを見下ろしていたんだ。
僕はとっさにそう思った。
でも、何故なんだろう?
「お母さん、なんでみんなここにいるの?」
やっと口を開いた。
自分がなぜここにいるのか?まだ自分でははっきりその理由がわからかった。
「シュンちゃんは、電車の中で倒れたのよ。二日間ずっと意識がなっかたのよ。心配したんだから」
「え〜、電車の中?」
「なぜ、電車のなかで・・・」
自分が電車に乗ったことさえ、記憶になかった。
そのとき、タツヤが僕に向かっていった。
「シュン、お前家に帰る途中、電車の中で気絶したみたいだぜ」
「ウソだろー」
そんなやりとりの最中だった。
「もういやー」
「いやだ、いやだ、もうこんなのいやー」
突然、大きな声で、泣きじゃくりながら、まるで映画のせりふみたいに
聞こえてきた。
A子さんだった!
内心、彼女がここにいることに、これが現実なのか?夢なのか?とっさに理解できなかった。
だって、彼女は僕と別れたし、もう僕と逢うなんてこと、信じられるはずがなかった。そうなんだ、彼女がいると思ってるのは、あまりにも僕が彼女のことを、忘れられなくて、僕の強い願望が幻をみてるんだ!
そう思わずにはいられなかった、と同時に、現実なら、A子さんは僕のこと、心配してくれて駆けつけてくれたんだ。
正直、うれしかった!
人間ってわがままだと思う。
目の前の彼女が現実なら、小説や映画のように、ここで二人は仲直り。
ハッピーエンドでドラマ終了!なんて、いつの間にか僕はドラマの主人公になっていた!
でも、泣きじゃくりながら、ノブ子に支えられて、病室を出て行った。
そして、彼女とは二度と病室に戻ってこなかった。
やっぱり現実は厳しいものなんだ。
映画やテレビドラマみたいに全然カッコよくない。
やっぱり奇跡はおこらなかった。
A子さんはそれっきり、もう僕の前には現れない。
これが最後なんだ。
そう、もう二度と・・・・僕ははっきりわかった。
僕は誰にも気づかれないように、そっと毛布を頭までかぶり、思いっきり泣いた!
それからどうしても私は*市で過ごすことが出来なくて、K校三年の11月、東京の都立高校へ転校した。
そして、転校した都立高校は母と転入の手続きをした、その日と次の日、一回だけ
授業を受けて、そのままずっと学校へは行かなかった。
冬休み、三学期と結局一回も・・・
次の年、ほとんど誰も知らない同級生たちは卒業した。
私は、次の年、もう一度三年生だった。つまり、落第した。
出席日数不足ということで、母親がなんども学校へお願いしたらしい?のだが、
ダメだったらしい。後年、このことをそのときの担任の先生から聞かされた。
でも、二度目の三年生も、結局一度も授業を受けなかった。
さすがに、このときは、学校から母親は呼び出され、退学をすすめられたという。
母親と担任の取りなしで、なんとかこのとき、もう一度だけという約束で、なんとか、私は三度目の高校三年生として老けた高校生活を送ったが、その時すでにわたしの青春は終わっていた。
こうして、僕は自分のすべてを、光のない、重たく、誰にも開けることが出来ない、小さな箱を心の奥底深くに封印してしまった。
2011年12月04日
閉じられた時の扉(8)ー勘違い?ー
◆勘違い?◆
僕がA子さんと別れて、しばらくして安子が僕のところにやってくるなり、「A子さんの友達から聞いたんだけど、シュンくん、あなた、A子さんに怒って、振ったんだって?」安子が怒った口調で僕に詰め寄った。
「え?振ったなんてとんでもない!」
「振られたのは僕で、A子さんは振られてないよ」
「シュンくん、何いってのよ。」
「A子さんは僕から交際を断られた。振られちゃった。」といって泣いていたというじゃない!
「ウソだろー?」
「確かにSくんと交際しろよ!とはいったけど」
「あんた、なんてバカなの?」
「なんで?」
「だって、A子さんが憧れてたというSさんのことって、一年生のときの話でしょ!」
「そうだけど?」
「シュンくんの噂が間違って伝わってたから、そのことをちゃんと説明して、否定してほしかっただけじゃない。」
「でも、Sくんから交際申し込まれてるって?」
「その話はホントかもしれないけど、誰を信じていいかわからなくなっちゃって、あんたに助けて欲しかったから相談したんじゃない!あんたそんなこともわかんないの?ホントシュンくんたらばかねぇ〜」
「シュン!おまえホントにおバカだね!」
それまで黙って聞いていたノブ子が追い打ちをかける。
「A子さん、もうSくんとつきあってるかもね?」
「シュンに云われた通りに」ノブ子がさらに畳み掛ける。
「そんなこと云ったって、仕方ないよ。」
「そうね!あんたがいったんだからね。彼女素直だから、ちゃんとシュンの云うこときいてるかもね?」
あ〜それから、決定的だったのは、なんでもA子さんの友達のお兄さんまで、あんたのことで
相談にのって、『Sと付き合うように、そんなに簡単にいえるのは、よっぽど遊び慣れてんだろうな〜フツーはそうは云わない。付き合うな!っていうよ』と、友達のお兄さんの言葉で、友達全員、交際をヤメた方がいいという意見だったそうよ。
安子が僕にとどめを刺した。
僕はこのノブ子と安子の話を聞きながら、取り返しのつかないことをしたことに初めて気がついた。
もういてもたってもいられなくって、どこかへ行ってしまいたかった。
「わー!」
「バカヤロー!」
おもわず教室にいることも忘れて、おもいっきり叫んでしまった。
クラス中ののみんなが僕のほうをいっせいにみた。というか、冷たい視線が身体中に突き刺さった。
構うもんか!何と思われたっていい!
何てバカなんだ、僕は!
すっかり取り乱してしまい、ノブ子や安子が僕に一生懸命、声をかけていることに暫く気がつかなかった。タツヤもタモツもいつの間にか、僕の側にきてくれていた。
「おい、シュン!しっかりしろ」
「シュン!大丈夫」
「シュン!どうしたんだ!」
「シュンくん!」
友達みんなが僕に声をかけてくれていた。
でも、でも僕にはその声は全く聞こえていなかった。
どうやって、教室を抜けだしのか?まったくわからない?
いつの間にか、A子さんがいつも通学で利用している駅にいた。
A子さんに一言謝りたかった。思いっきり謝りたかった。
電車が駅に着くだびに、A子さんの姿をさがした。何度も、何度も、ナンドモ・・・・・。
でも、見つからなかった、結局探せなかった。
僕はA子さんに逢えることをいのりながら、駅で6時間待った。
辺りはもう暗くなって、時計は8時を過ぎていた。
もうダメだ〜。
あきらめて、僕は名古屋行きの電車にのった。
別にあてがあったわけじゃなかった。
ただ、この場を離れたかった。
というより、ホントは死に場所を探している感じだった。
こんな大バカ者は生きている資格ない!
電車が名古屋につくと、街のなかをさまようように歩きまわっていた。気がつくといつの間にか、市街を離れて、大きな幹線道路を歩き始めていた。何時間か歩いていると、標識に旧東海道、豊橋方面と書かれているのを発見。僕は旧東海道を歩いていることに気がついた。
じゃあ〜、このまま豊橋へいっちゃえ!
もう、どうでもよかったし、いっそのこと、このまま死ねたらいい!などと、自暴自棄になり、歩いていた。ときおり車のヘッドライトがまぶしく、僕を照らし、そのまま通りすぎていく。
何時間歩いたんだろー?まだ意識がはっきりしてる。そんな自分にまた腹をたて、また歩き続ける。やがて雨が落ちてきた。ポツリ、ポツリ、そのうち大粒の雨が僕を罰するように全身を叩き付けた。まるでA子さんが僕を叩いているみたいだ。僕は叩き付けてくる大粒の雨をそんなふうに思えて仕方がなかった。どしゃぶりのなかをただ黙々と僕はそれでも歩き続けた。
どこまでも、どこまでもとにかく歩き続けた・・・・・
そのうちいつの間にか、辺りが薄明るくなっていた。
それまで真っ暗ななかで、雲なんて全然みえなくて、暗闇のなかからまるで槍のように雨が突き刺さっていたのが、雲のすがたがうっすら見えるようになった。
朝なのかな?僕は時計をそのときはめてなかった、というより、A子さんに腕時計を壊されてから、まだ新しい時計を買ってなかった。理由があったわけじゃなく、ただなんとなく買いそびれていた。激しい雨が少しずつ見えるようになってくると同時に、僕は身体中に震えがきた。
それに、なんだか身体は雨に打たれてすっかり冷えているのに、何故か熱ぽかった。
意識がときおり遠のく感じがした。だんだん意識が薄れていくなかで、ふと母の姿が一瞬現れた。
その瞬間、我にもどり、急にこのまま死んじゃいけない!勝手な理屈で僕は自分を正当化していた。結局、このあと駅を探し、何と云う名前の駅だったかもうわすれちゃったけど、豊橋にはいかず、名古屋行きの電車をまっていた。
駅でどのくらい待ってたのか?もうろうとしていた僕はとにかく家に帰らなくっちゃ、と思ってた。僕は結局この地でも自分を変えることは出来なかったし、中途半端な人間のまんまなんだ。
全身びしょぬれのまま電車に乗り、名古屋で乗り換え、電車が家のある駅近くまできたとき、ホッとしたのか?僕は意識を失った。
2011年10月15日
閉じられた時の扉(7)ー誤解ー
◆誤解◆
「もしもし?」
「片瀬さん?」
A子さんは、僕のことをみんなが呼んでいた、「シュン」とは呼ばないで名字で呼んでいた。
電話の声が何となくクラい?
そう思いながら、「どうしたの?」
「・・・・・」
しばらく沈黙が流れた。その間、僕はなんとなく嫌な予感と不安が思いっきり押し寄せてきて、つぶされそうな気持ちと闘っていた。
やっとの思いで、「どうしたの?」と僕が訊くと、やっと重い口をA子さんが開いた。
「実は・・・」
「同じクラスの、Sさんに交際申し込まれたの」
「え?Sくんって、A子さんが1年のとき憧れてたっていってた、あのSくん?」
「そうなの。3年になったとき、同じクラスになったの」
「ふ〜ん???」
「それに、私の友達みんなが、片瀬さんのこと知ってるみたいで?、その友達が、片瀬さん、
沢山の女(ひと)と付き合ってるって?いってるの。ホント?」
「いや、間違いだよ!僕はA子さん以外、誰とも付き合ってなんかいない。それに、僕はA子さんの友達知らないし?」
「そうじゃなくって、K校に友達がいて、そこから片瀬さんのこと聞いたって!」
「そうなんだ?でも、僕、学校で誰とも付き合ってないよ」
「一年生のときの文化際のあと、沢山の女の子が片瀬さんのところにいって、交際申し込んだみたい?って聞いたんだけど?違うの?」
「え?文化祭って、僕たちバンド演奏して、それが結構学校中で受けちゃって、演奏の後、女の子たちがサインしてくれって、近くにきただけだけど??」
「そうなの?それってホント?」
「そうだよ。だって、僕は誰とも付き合ってないよ。」
「でも、その後、S校の文化祭でも演奏したでしょ?」
「そうなんだけど、あれは二年生のときだと思うけど、S校は部活とかで交流戦、いつもやってるから、あっちの生徒会から、うちの学校の生徒会に申し入れがあったって聞いたけど?」
「その時も、演奏のあと、女の子たちいっぱいきたでしょ?」
「確かに、いっぱいきたけど、それは僕じゃなくて、タモツとか、タツヤ、それにシゲルが
モテてたみたいだけど?残念ながら僕はちっともモテなくて、ひがんでいたんだけど。」
「実は〜そのS校からも情報が入ってきて、片瀬さんの評判があまりよくなくって・・・
一年生のときから、いろんな人と付き合ってるというふうに聞いたんだけど・・・・」
「え〜、それ多分誤解だよ!」
「片瀬さんの評判があんまり悪いから、友達がみんな私が遊ばれてるとかいってて、付き合うのをやめたほうがいいって。Sくんも心配してくれて、いろいろ相談にのってくれて・・・」
「・・・」
僕はなんといっていいか?わからなくって、黙ってた・・・
「相談しているうちに、Sさんから交際申し込まれちゃって、私どうすればいい?」
僕はものすごいショックを受けてた。
誤解されたことより、Sくんから交際を申し込まれて迷っているA子さんの言葉に打ちのめされていた。大好きなA子さんがその方が幸せなら、僕が引いたほうがいいよな?その方がA子さん、きっと嬉しいだろうし、なんてたって昔からの憧れのひとだし・・・
きっと、その方がいいんだ。
僕がそのまま引いた方が・・・・泣きそうになって、声がつまって声にならなかった。
「Sくんと付き合ったほうがいいよ」
その一言が精一杯だった。
「え??なんと云ったの片瀬さん?」
「Sくんと付き合いなよ」
「だって」
「そうしなよ」
「・・・・」
「だって、ずっと好きだったんよね?Sくんのこと。だったら、僕より絶対Sくんと付き合ったほうがいいよ!」
僕は自分の気持ちにウソをついて、A子さんのことを考えているつもりでいた。
しかし、実際は自分のことだけしかみえていなかった。A子さんのことを本気で考えていることに間違いはなかのだけれど、A子さんの気持ちはいったいどうだったのか?
なぜ、僕にそんなことを相談したのか?まるで理解していなかった。
僕は単純に憧れの人からの申し出に、迷っているだけとしか思えなかった。その行動の中に、僕の悪いうわさゆえの不安な気持ちをかき消したくて、僕にある意味救いを求めていたことなど、当時の僕は全然気がつかなかったし、おそらく、いまもこの辺りの人の感情を汲み取ったり、理解することはものすごく苦手で、独り相撲をしてしまい、その結果自滅する。
そして、おきまりのコースへまっしぐら。
「自己嫌悪」
どうしょうもなく、自分の不甲斐なさや、人間としての未熟さ、いたらなさ、愚かさに打ちのめされて、自分を責め続ける。そして、自分のとった行動や言葉がいかに人を傷つけてしまうのか。
電話のむこうから鳴き声が漏れてきた。
僕はA子さんの鳴き声を聞いたとたん、気持ちがぶっ飛んでしまった。
昔から女の人が泣く姿をみたり、聞いたりすると、どうしょうもなく気持ちが動揺していまい、その場から逃げ出したくなってしまう。つらいとか悲しいとかという気持ちを通り越して、絶対やってはいけないことをやってしまった!
神様の逆鱗に触れてしまう。そんな気持ちになってしまう、いや追い込まれてしまうといった方が正しいのか?ともかくその光景は僕をパニックに陥れてしまうのだ。その時も、パニックになってしまい、どうしたら、A子さんのことを救ってあげられるのか?
気持ちを軽くすることが出来るのか?どうやったら、いまの苦しみから逃れられるのか?
考えれば考えるほど、ますます気持ちが焦り、言葉を失ってしまい、行動すら出来なくなってしまう。こうなると、こちらも手の施しようがなく、ただ、呆然とその場に立ち尽くすだけになってしまう。
結局僕は何も出来ずにいた。
電話の向こうから相変わらず、すすり泣きのようなA子さんの鳴き声が聞こえていた。
どれほど時間がたったんだろう?
それはものすごく長いようなきもするし、ほんのわずかした時間がたっていないような気もする。
そんなこともうどっちでもいいのに、何故か僕はそのとき時間のことを気にした。
それほど僕は追い込まれていた。
何にも出来ない自分に腹をたてていた。
その怒りで感情が爆発寸前だった。
それ以上の沈黙は耐えられなかった。
「A子さん。お願いだからSくんと付き合いなよ。僕みたいな評判の悪い男と付き合ってると、A子さんも評判悪くなるよ。だからそうしなよ。ねえ〜。」
「でも・・・」
「Sくんにも相談してたんでしょ?だったら、僕に相談しなくてもいいじゃない。Sくんのいう通り、評判の悪い不良とは付き合わない方がいいよ。」
僕は自分への怒りが押さえきれず、いっぱいいっぱいの状態だったので、つい語気も強く荒々しいいい方になってしまった。
けしてA子さんのことを怒っている訳ではなく、自分自身に腹を立てていたんだけど、すっかり自分を見失っていたので、自分がA子さんに何を言ったのか?どのようにいったのかすら気がつかなかった。
その時の最後の言葉はいまも忘れない。
「わかった、そうする。片瀬さんのいう通りにする。」
A子さんは泣きながら、電話でしゃべると、そのまま電話は切れた。
「ツー・ツー・ツー」
僕は少しもその時は不思議なくらい悲しくなかった。
というより、怒ってた。
自分自身に・・・・
どうしょうもない、馬鹿者に。
こうして僕は初恋の相手、A子さんと二回のデートであっけなく終わってしまった。
2011年09月17日
閉じられた時の扉(6)ー二度目のデートー
◆二度目のデート◆
二度目のデートは名古屋のスケート場だった。
*市や学校のある**市は絶対避けたかった。
知ってる奴にA子さんと一緒のところをみられるのは絶対嫌だった。
でも、そのスケート場も僕は場所も、行き方も知らなかった。
また、A子さんに誘導されて、地下鉄に乗ってスケート場へ向かった。
途中、地下鉄のなかで僕らはまったく会話しなかった。
というより、出来なかった!
動物園より僕は緊張してた。
一緒に歩いても3mくらい離れて歩いた。
手をつなぐことなんて、気が遠くなるくらい勇気がいることで、絶対出来ない相談だった。でも、でも、なんとかハナシしたかった。そう思えば思うほど、何も浮かばない。アタマが真っ白になって、のどが乾き、カラカラだった。それに、ホントは出来るなら、今すぐに、手もつなぎたかった・・・・
もうすぐにでも、ここから逃げ出したい気持ちを抑えながら、一方でこのままずっとA子さんと一緒にいたかった。
「チキショー」
不甲斐ない自分に腹をたててた。
そんな心のなかで葛藤、いや、自分と闘っている僕をみて、一瞬不安げな顔がよぎった気がした。
「気のせいか?ダイジョーブだよな?」
心の中で、打ち消すように
「どうしたの?」
僕は声をかけた。
「うんん。何でもない」
笑ってA子さんはこたえた。
でも、その笑顔のどこかに寂しげな様子を僕は見逃さなかった。
なにも気づかないふりして、僕も笑った。
きっと、苦笑いだったに違いない。
「役者ってすごいなあ!」
ふと、こんな大事なときに、どうでもいいことを思い浮かべながら、安子に演劇指導受けとくんだった!
人間って、大事なときほど、普段ぜったいやらいことやるんだよね!
それが自分にとって、めちゃ大切だと思えば思うほど、とんでもないことを考えてしまう。僕もそうだった。
なんで、こんなときに安子に役者の指導なんて、カンケーないだロー!
現実に戻ると、そんな、ちょっぴりお互いにしっくりいかない何かを感じながら、僕たちは地下鉄の駅を降り、スケート場へと向かった。
スケート靴に履き替え、いざリンクへ。
といっても、僕はスケートが初めてだった。
生まれてこのかた、氷の上を滑ることはおろか、歩くことさえなかった。
それはそうだ、九州は熊本、雪なんて滅多にみない。
氷がはっても、人が乗れるほど厚い氷など、とんでもはいハナシだった。
リンクに足を踏み入れたとたん、僕は空に舞った。
おもいっきり、尻と手を打ちつけた。
「いてー!」
その姿をみて、A子さんは思いっきり笑ってた!
「あ〜、カッコ悪る〜」
その後も、そんなに笑わなくてもといいたいくらい、A子さんは手をたたいて
僕の無様な姿をみて笑い続けていた。
さすがに、我慢出来なくて僕は
「A子さん、そんなに笑わなくても!」
「ごめんなさい!」
と謝って、また笑いだした!
もう、止まらない!
やっと、冷たい氷の上から、へっぴり腰で、立ち上がろうとして、また滑って転んでしまった。
さすがに今度はA子さんは真顔で「大丈夫?」
僕のすぐそばにやってきて、起こしてくれた。
もう恥ずかしいなんていってられない!
A子さんが差し出した手を、思いきりつかんで、立ち上がろうとすると、またひっくりかえりそうになった。
僕は、もう尻餅はかんべん!と、A子さんに抱きついてしまった。
その瞬間、二人とも、冷たい氷の上にひっくり返った。
「あ!やべぇ!」
「ごめんなさい!」
「大丈夫?」
大きな声で、A子さんに向かって声をかけた。
「ええ、だいじょうぶ!」
にっこり、僕の方をむいて、すぐに立ち上がってた。
今度はぼくは、這って、リンクの入り口まで戻り、手すりをつかまりながら、やっと立ち上がった。
僕たち二人は、顔を見合わせ、思いっきり笑った!
僕はここに来る前、地下鉄の中で、A子さんのうかない、何か沈んだ顔が気になっていたことなど、すっかり忘れて、笑った。
こうなると、絶対滑ってやる!
A子さんに支えられて、こんどは尻餅をつかないように、なんとかリンクの上に
降りた。
自然と僕はA子さんが差し出した手、正確には手袋のうえから、A子さんの手をしっかり握っていた。
あれほど、手をつなぐことに躊躇し、恥ずかしくて出来なかったのが、まるでウソのように、しっかり僕はA子さんの手をつかんでいた。
というより、そんなことにかまってられなかった。
初めは、まっすぐ滑るだけ。
何度か滑っていると、突然、A子さんが僕の手を離した。
「あっ!」
おもわず、頼るべきものがない状態に、僕は慌てた!
慌てる僕の気持ちとは、関係なく、僕の体は、氷の上をそのまま滑っていた。
「お!っl」
まっすぐ滑っている!と思った瞬間、僕は体勢を崩しひっくりかえりそうになった。
「あ!やべぇ!」
と思った瞬間、僕の脇から両腕がすーと入ってきて、僕の体を支えてくれた。
A子さんが僕の体を後ろから抱きかかえるように、支えてくれて、僕たちはそのまま、氷の上をそのまま、スーと滑っていた。
そして、リンクサイドまで僕を誘導してくれた。
「出来たじゃない!」
A子さんが嬉しそうに、僕に向かって声をかけてくれた。
「出来た!出来た!」
「ありがとう!」
こうやって、何度も練習を繰り返し、直線から、カーブ、そして最後にリンクの上で止まる練習をとだんだん、難しいことにチャレンジした!
その間、A子さんはつきっきりで僕がなんとか出来るようになるまで、つきあってくれた。
手取り足取りってこのことを言うんだ!
僕はA子さんの優しさに、すっかり参ってた!
僕は心の中で、大声を出していた!
「A子さん!、大好きだ〜!!」
あっという間に、2時間近くになっていた。
最後に僕らは、手を交差して手を握り、リンクを回った。
一周、二周、三周、気持ちよく僕らは氷の上を滑っていた。
ほんの2時間前まで、氷の上で転んでばかりの僕が、大好きなA子さんと手を組んで、リンクを滑っている!
僕は、信じられない気持ちで、このままずっとA子さんの手を握っていたい!
そう思ってた。
残念ながら、僕の願いは時間終了となり、楽しい、夢のような時間は終わってしまった。
2011年05月08日
閉じられた時の扉(5)ー文化祭ー
◆文化祭◆
僕たちの出番は、二年生のバンド演奏のあと。10分しか時間がなかった。
その10分だって、ノブ子のおかげだった。
このバンドデビューの1ヶ月前、僕らは一生懸命練習した成果を披露出来ないでいた。
「あの生徒会長のタケは許せねぇ〜」
タモツが怒ってた。
というより、バンドのみんな全員が怒ってた。
出し物がいっぱいで、時間がとれないから、一年生の君たちの出演は認められない。
なんて、ほざきやがって!
くそ真面目な態度で、メガネに手をやりながら副会長の女子生徒と一緒に間借りの部室にやってきて、僕たちの話も聞かないでさっさと帰っていった。
「チキショー、あいつらただじゃおかねー」
めずらしくシゲルが怒ってた。
結局どうにも出来ず、みんなしょんぼりして教室へ戻ると、ノブ子が部活を終えて教室に戻ってきたところだった。
「どうしたの?」
ノブ子がけげんな顔をして、タモツに訊いた。
「実は、今度の文化祭、時間がとれないからダメだって。あのメガネのタケがいうんだ。」
「え〜、あの生徒会長の武田さんが??」
「そうそう、あの真面目な生徒会長のたけださん」
今度は、タツヤが口を開いた。
僕は何もいわずにいた、というか正直何にも云えなかった。
「ふ〜ん」
このときノブ子は「ふ〜ん」といったまま、教室をあとにした。
それから、三日後いきなりタモツが生徒会長のタケに呼び出された。
しばらくして、タモツがモーレツな勢いで教室に戻ってくるなり、
「やった!」
「オレたち、デビューが決まったぜ!」
タツヤと僕はタモツの側に寄って、「どうしたんだ?」
同時に訊いた。
「実は今度の文化祭、出られることになったんだ!」
「え?ホント?バンザ〜イ!!」
僕らは飛び上がって大声を出しながら喜んだ!
「やったー」
喜びの歓声がが収まると、タモツが説明してくれた。
「先輩のバンドが10分間時間やるから、一年生のバンドを出してくれ」って、あのタケに頼んだらしいよ?
「え?」
「どうしてんだろー?」
「理由はよくわかんないけど、いいじゃん!」
「そうだね!いよいよデビューだ!頑張ろうぜ!」
僕らは一斉にかけ声をあげた。
というより、ホントは奇声に近かった。
それほど僕たちは素直に喜んだ。
僕らは前より練習に気合いが入った。
そんなある日、僕らが部室でバンドの練習していると、二年生の先輩が入ってきて、
「おまいら、河合さんの知り合いか?」
「いいえ?」
「そうか?三年の河合さんが生徒会長の武田さんにいったらしいぜ?」
「あの一年のバンドを文化祭に出せ!」ってな。
「どうしてですか?」
「そんなのしるか!」
そういうと、先輩は部室を出て行った。
練習を終えて、教室に戻ると、ノブ子と安子が教室にいて、安子が僕らに声をかけた。
「あんたたち!ノブ子にお礼いいなさいよ!」
「え〜?何で?」
「河合さんって?どなたかご存知?」
安子がまた僕らに訊いた。
「河合?」
「あれ?ノブ子、お前確か、名字は河合っていわなかったけ?」
「そうよ!」
「ノブ子がお兄さんに頼んだのよ!だから、あんたたち文化祭に出られるようになったのよ」
「え〜?河合さんって、ノブ子のお兄さん?」
三年生の河合さんというのは、実は僕らの高校の番長でそのことを知らない奴は誰一人いなかった。その番長が生徒会長に圧力をかけたという訳?というより、多分正確にいうなら、脅したというべきだろう?僕はそう心の中で思った。そうか、ノブ子って、あの河合さんの妹だったんだ。
だから、入学してしばらくして、三年生からいきなり呼び出され、そのとき河合さんが僕に
声をかけたんだ。それですべてが氷解した。
「よ!お前が今度入ってきた、シュンか?よろしくな!」
顔は笑顔だったけど、その声は低くおそろしく迫力があった。そして、その絶対的な威圧感に圧倒され、僕は正直ビビってた。
「怖がらなくていいさ、何か困ったことがあったら、このオレにいってきな!いいな!」
そういうと、手下のものを引き連れて、体育館の裏手からいなくなった。
しばらく僕は怖くてすぐにはその場から動けないでいた。
「そうか!ノブ子がお兄さんに頼んだんだ。僕が土地の人間じゃないから、いじめられるかもしれない、とおもって、ノブ子が手を回してくれてたんだ。アイツ、以外に細かい神経してるんだ。
優しいとこあるんだ!」
僕はいままでの不思議ないきさつを思い出しながら、本番直前の異様な雰囲気と緊張感のまっただ中で、ひたすら自分たちの出番を待ったいた。とはいっても、足はがくがくしてるし、手が振るてる〜。いくら体育館といっても、舞台に上がることなんてあまりない。
しかも、エレキをもって、マイクスタンドがあって、それにスポットライトもある!
もう緊張しまくり。
二年生の演奏が終わった。
ものすごい拍手!
やっぱり、演奏うまいし、歌もいい!
僕らと違って何もかもレベルが違ってた。
違うと云えば、先輩たちは、ローリングストーンズをコピーしてた。
僕らはビートルズ。
人気も二分してたけど、やっぱりビートルズのほうが人気は上?かな?
そんなこと考えてたら、タモツが
「おい、シュン!出番だ!」
声をかけた。
「よっしゃ!」
めずらしく、素直に気合いがはいった。
僕らのデビューの幕開きは「プリーズプリーズミー」から入った。
タモツのメインボーカルに僕がはもる。
ワンコーラスを歌い終わると、何か客席が騒がしくなっていた。
体がゆれている。
僕の体がゆれているのかな?
いや、そうじゃない?揺れているのはみんなだ!客席の方だ!
僕は、客席がめちゃ盛り上がっているのを感じた!
タモツの「カモン!」あとに続ける僕とシゲルの掛け合い「カモン!」のフレーズにくると、会場は絶好調!僕らと一緒に
「カモン!」
「カモン!」
の掛け合いは最高潮に盛り上がった!
ドカーン!そんな感じだった。
二曲目の「She loves you」は最初から、絶好調だった!
こうして、最後の曲「Can't by me love 」へと続く。
会場は歓声の声で自分たちの声もよく聞こえないほどだった。
歌い終わって、お辞儀をして舞台を降りようとすると、舞台の袖で、あのタケが舞台へ戻れ!もっとやれ!そんなジェスチャーをして、さかんにこちらに指示を出してた。
僕らはこれで終わりだと思ってたから、ちょっぴり戸惑ったものの、タモツがマイクに向かって
「本当はこれで終わりなんですが、あと1曲歌います」
といったら、「ワー!!」ものすごい歓声!と拍手!
「すげー」
驚いたのはバンドのメンバーだったに違いない。
そして、最後の曲、「抱きしめたい」を歌った。
いつの間にか、体育館は人がいっぱいになっていて、立ち見のひとであふれていた。
歓声にかき消されて、タモツの声が聞こえないし、ギターの音がよくわからない。
タツヤのタイコの音も聞こえない!
何をやってるのか?まったくわからない。
客席から聞こえる
「キヤー!」のものすごい声。
どうやら僕らは、先輩のバンドより、受けたみたい!
それに、スターみたいだよ!
結局、1曲だけのつもりが、そのあと3曲も歌った。
正直嬉しかった。
これでぼくも女の子にもてるかな?
演奏を終えて、舞台そでまでもどると、あのタケが笑顔で僕らを迎えてくれた。そして、
「よかったよ!いや〜じつに素晴らしかった!」
ウソみたいに、てのひらかえして!
この時僕らは案外冷静で、現実に戻り、楽器を持って、客席へつづくドアを開けてまた驚いた。
タツヤが叫ぶ!
「おい!なんかドアの外、人だらけだぞ!」
「どうしたんだ!」
タモツが返事する。
客席にでていくと、なんと、ものすごい女子生徒ばっか!?
30人くらいが僕らを待ち構えていた。
「あの〜サインしてください!」
多分僕と同じ一年生の女の子がハンカチをだした。
「え?サイン?」
「あの〜僕のサイン?」
「ええ!」
僕は正直戸惑ってた。
こんなこと初めて!
2011年05月02日
閉じられた時の扉(4)ーバンド結成ー
◆バンド結成◆
高一のある時、タモツがエレキギターを学校に持ってきた。
「どうしたんだ!タモツ」
僕が聞くと、
「今度の文化祭でバンド演奏やろっと思ってな!」
タモツは、僕が今まで聴いたことのない曲を弾きながら、返事した。
「そうか、お前ギター弾けるのか?」
「ああ〜」
「僕にも教えてくれよ!」
「シュンは部活で忙しいだろ?」
「ダイジョーブか?」
「部活の練習がないときだけじゃ、ダメか?」
「お前、ギター弾けねえんだろ?」
「それじゃあ、ダメだ!」
「何で?」
「弾けるようになるまで、そんなに簡単じゃないよ」
「家で練習するからサ!」
「ねぇ!たのむ、タモツ!」
「お願い!」
僕は、タモツに強引に頼み込んで、ギターの手ほどきしてもらった。
教えてもらうのはいいけど、エレキギターを調達しなければ?
「どうしょう?」
僕は母親に頼み込んでみたが、ダメだった!
父親にも頼んでみたが、これも許してくれなかった。
休みのとき、アルバイトをしてお金を貯めることにした。
こうなりゃ、なんでもやってる!
夏休みの朝から夕方まで、部活の練習日以外は家の近くの工場でバイトした。
そんな姿を見かねて、足りない分を母が出してくれて、僕はやっと念願の
エレキギターを手に入れた。
その間、タモツは他のメンバーを探してた。
あと一人。ドラムがいない。
リードギターはタモツ、ベースは2組のシゲルが担当。
僕は、タモツにタツヤはどうだ?って聞いてみた。
「そうか!タツヤならいいかもなあ!」
タツヤはすぐにドラムを買いそろえ、いつの間にか、結構叩けるようになっていた。タツヤがサイドをシュンにやらせろよ!の一言が効いて、タモツは渋々、僕を
メンバーにいれることに同意してくれた。
タモツは僕の家に毎日、夜遅くやってきて、ギターの手ほどきをしてくれた。
とりあえず、ローポジションのコードから、ハイポジションまで、僕がきちんと覚えるまえに、譜面を渡して、「これ、覚えろ!」
僕は渡された譜面をみて、チンプンカンプンだった。
「これ?ビートルズなの?」
「そうだよ。プリーズ・プリーズ・ミーというんだ。」
「へえ〜」
「何だ?シュン、知らないのかよ?」
「ううん、ゴメン。全然しらない。」
「仕方ねえなぁ〜。シュンはやっぱお坊ちゃんだな!」
タモツのいったその言葉に思わずムッとしたけど、出てきた言葉は
「そんなんじゃないよ!」
やっと返事した。
「レコードがあるから、聞いて、コードマスターしろよ!」
「あ、あ〜、ありがとう!」
「それから、シュンお前、歌えるか?」
「いや、僕は人前で歌うなんて出来ない、歌ったこともないし、第一恥ずかしいよ!」
「何いってんだシュン。歌わなかったら、バンドやってもあまり意味ないダロー」
「そうなんだ?」
「とにかく、レコード貸すから聞いてみなよ」
「ありがとう」
あまり気のない返事でその場は終わった。
僕はタモツから例のレコードを借りて、早速家に帰り、お姉さんのプレーヤーを
出して、「プリーズ・プリーズ・ミー」を聞いた。
いきなり、エレキのうるさい音とドラムの激しいリズムが部屋中に響いた。
「わっ!何、この音楽?」
「うるさい音だなあ」
びっくりしながらも、そのままレコードをかけていると、母親が僕の部屋に入ってきて、
「シュンちゃん。何なのこれ?」
「ちょっと、うるさいから、少し音を小さくしなさい」
「あっ!。ごめんなさい」
慌てて、ボリュームを下げた。
正直、僕の耳も、がんがん耳鳴りのような感じだった。
今まで聴いたこともない音楽だった。
でも、なんといってわからなかったけど、不思議にあの耳障りな大きな音
ービートルズのサウンドにちょっぴり何か惹かれるものをちょっぴり感じてたー
にはパワーを感じている自分を発見した。
「このパワーがあれば、変われるかもしれない?」
僕は心の中で、そう思い、ビートルズのエネルギーを借りて、自分自身を
変えたいと真剣に思い、エレキギターの練習に明け暮れた。
放課後、僕は部活がないとき、放送部の部室を借りてくれたタモツたちと一緒にビートルズの練習に励んだ。
タモツはギターも歌もさすがに上手だった。
なんだかんだといって、シゲルのベースもしっかり弾いていたし、タツヤのドラムもリンゴスターばりのたたきっぷりもいけていた。
カッコ悪いのは、僕だけだった。
サイドギターといっても、コードを刻むのが精一杯。
難しいテクニックなんて、ムリ、ムリ。
みんなの後から、一生懸命ついていくのがやっとだった。
というより、僕の下手なギターテクニックに触れないでいた。
「あいつら、優しいんだ!」
僕は、バンドのメンバーに感謝しながら、とにかく、コードをマスターして
なんとか、リズムを刻めるように頑張って、メンバーの邪魔しないように
練習した。しかし、何故か上手にならない?
何で?自問しながら、一向に上達しないギターにさすがに苛立ちながら、昔のように劣等感、自己嫌悪に陥っていた。
そんな時だった。
いつものように、バンドの練習を始めようと放送部の部室に集まったとき、タモツが、「シュン、ボーカルやってみな!」
「ハモって、ユニゾンに挑戦してみろよ!」
「あと、バックコーラス、シゲルと合わせてみなよ」
「え?えぇ〜??」
「そんなの無理だよ!」
「何いってんだ!」
「ポールとジョンみたいに、かっこ良くやろうぜ!」
「僕は、ポールでもないし、ジョンでもないよ」
気の弱い返事をしていると、
タツヤが、「大丈夫だよ!シュン!自信もってやってみろよ」
後押ししてくれた。
さすがに、タツヤにいわれちゃ、仕方がない!
「え〜イ。喝!!」
心の中で気合いを入れて、ボーカルに挑戦。
歌詞はなんとか、レコードで覚えていたけど、あまりの恥ずかしさで、大きな声が
出ない。だって、マイクを通して大音量なんだもん!恥ずかしいよ!
そう思って小さな声で歌っていると、
「シュン、それじゃハモってるっていわない」
「もっと、大きな声だせよ」
タモツから激がとんだ!
何度か練習のあと、さすがにやけくそになって、最後に大声で歌った。
「うぉ〜、いいじゃない!」
「ビートルズみたいにはもってたぜ!」
メンバー全員からほめられた!
「やるじゃないかよ!ポール」
タモツがいった。
「ポール?」
「あ〜、ポールがハモってんだ。この曲」
「あ〜、そうなんだ??」
「それに、シュン結構高いキーで歌えるじゃん!いいよ!」
「バックコーラスも良くなってきたぜ!」
あまり普段しゃべらない、無口なシゲルが僕のことを褒めてくれた。
こうやって、僕は自分の殻をひとつ破った。
こうなると、歌うのが楽しくなった。
それに、ビートルズの歌っているキーは僕の声と同じ高さで歌いやすかった。
僕の声のキーはどうやら、けっこう高いらしい?
こうしてレパートリーも少しずつ増えていった。
ソロで歌うのはなかったけど、ハモッたり、バックコーラスをやるのは
楽しく、いつの間にか、歌に合わせてギターもなんとか少し弾けるように
なっていった。といっても、あくまで、いままでよりまし!という程度で、
けっしてお世辞にも上手なんていえなかった。
僕たちは文化祭にむけて、ちゃくちゃくと準備していた。
「デビューまで、あと少し」
「カッコよくきめようぜ!」
メンバー全員、同じ気持ちだった。
僕もみんなと同じように、興奮してた。
「僕も文化祭でカッコ良く歌って演奏したら、少しは女の子にもてるかな?」
勝手なモーソーが頭を駆け巡った。
2011年04月24日
閉じられた時の扉(3)ー初めてのデートー
◆初めてのデート◆
夏休みが終わりに近づいたころ、初めてA子さんに聞いた。
「家に電話してもいい?」
「いいわよ」
ぼくたちは図書館ということもあって、ほとんど話したことなかった。
図書館での勉強が終わると、そのままさよならしてた。
本当に、
「さよならー」
「さようなら」
いままで、大きな声で交わした会話って、こんなもん?だった。
その日の「さよならー」はめちゃ声が大きく、はずんでた。
トーゼンでしょ!A子さんが電話、OKっていってくれたんだ!
嬉しくって当然だよね〜
きっと今の学生は絶対わからないだろーなぁ〜
ケイタイなんて、気の利いたもんなんてその当時はなかった。
電話といえば、家に一台、だいたい黒電話と相場が決まってた。
今日の電話だって、「ジョギングしてくる!」といって、家からずっと離れた公衆電話まで、走った。10年玉をいっぱい持って。
A子さんの親が出たらどうしょう?
バクバクもんでダイヤルをまわした。
A子さんの家に電話している自分が自分で信じられなかった。
電話するといっていたので、すぐにA子さんがでた。
おもわず、聞き覚えのある声にホッとしながら、
「もしもしA子さん?」
「A子です」
もう心臓が飛び出してしまうそうなくらい、緊張してた。
でも、不思議といろんなハナシが出来た。
こんなことって、こんなことって、ありかよ?
好きな子にーいや訂正、A子さんにちゃんとハナシ出来た!
僕は名古屋でデートする約束した。
(受験生だってぇのに、よくA子さんの親、許してくれたなぁ〜)
後で聞いたら、「初めて親にウソついた」っていってた。
嬉しかった!
名古屋から電車で40分、新興住宅地の一角に僕たち家族の家はあった。
周りはまだ、桑畑と工場が少しあるくらいだった。道路も街頭なんて気の利いたものは少なく、その住宅地以外夜はほとんど真っ暗だった。
名古屋でデートするといっても、引っ越して日が浅い僕は、名古屋へはまだ数えるほどしか行ってなかった。
高校に入ってからは、バンド、部活、それにノブ子たちがやってた「学校新聞」を手伝ってたので、まったく時間がなかった。
でも不思議なくらい、遊びたいとか、名古屋にいってみたいなんて思わなかった。
というより、僕の高校生活そのものが遊びだったんだ。
そうはいっても、
どうしょう?
マジそう思った。
デート当日、僕は不安な気持ちで名鉄に乗って、名古屋駅の待ち合わせ場所にいった。その日は夏休み最後の日、つまり8月31日だった。
地元育ちのA子さんは、僕の住んでいる*市のとなりの街**市にすんでいた。
だから、名古屋市内のこと、結構詳しかった。
僕たちは、動物園にいった。
夏休みのせいか、子供ずれの家族でいっぱいだった。
名物のゴリラにあって、サルをからかって、僕たちは動物園の休憩所で昼食をとることにした。
な、なんと、A子さんは手作りの弁当を持ってきてくれていた!
「ヤッホー!」
「やったー」
たわらの形に海苔を巻いてくれたおにぎり!
「どえりゃあ、うめぇ〜」
少しは使えるようになった名古屋弁を張り上げた!
僕の大好きな、ちょっと甘く味付けした卵焼き、鳥の唐揚げ、ほかに、ほかに、え〜と、う〜ん、なんでもともかく、いっぱいあったし、めちゃ美味しかった記憶だけしか、僕には残ってなかった。
そんな食べている姿をみながら、A子さんは優しい微笑みを僕に投げかけていた。
僕はホントに満腹だった。お腹だけでなく、気持ちも幸福感で満たされていた。
こうして、楽しい夏休みは終わった。
僕たちはまた、それぞれお互いの学校生活に戻っていった。
2011年04月20日
いま、改めて家族
ふしぎなもので、結婚してずいぶんと時がたち、改めて「家族」の有り難さをかみしめる。
我が家の家族は、妻と二匹のねこ。
結婚してから我が家にはねこがいない時は一度もない。
一番多いときで四匹、それぞれに思い出深いとっても良いねこ達に出会えたと感謝してる。
残念なのは人間よりねこの寿命のほうが寿命が短く、いままで私たち夫婦で多くの家族(ねこ)を見送らねばならことだ。
天国に旅立ったそれぞれの家族のことを思うといまでも涙がでてくる。
つらく悲しい思いが蘇る。
その私もずいぶんと年齢を重ねてきた。
だからいま、そう思うのかもしれない。
家族って本当に有り難い。
私の一番の理解者。
そして、このような時代だからいつどうなるかわからい・・・・
家族のなかでも、私と一緒に生きてきた妻へ一番の感謝のこめて
「有り難う」
これからもよろしく。
我が家の家族へ
2011年04月16日
閉じられた時の扉(2)ー自己紹介ー
◆自己紹介◆
昭和4*年3月。
愛知県の*市に父親の転勤で引っ越してきた、いや正確には父親はずっと単身赴任で愛知県に赴任する前は四国の高松だった。その前が広島、長崎、そして、私が
生まれた熊本。私には姉が一人。この姉と母親の三人でずっと熊本で暮らしていた。何故、父親の転勤に一緒についていかなかったのか?私は、ずっと疑問に思いながら、その理由を父親にも、母親にも聞くことは出来なかった。
それはともかく、熊本からいきなり、誰も知らない土地で高校受験に不安もあったが、それより自分を変えるよい機会だと考え直し、それまでずっと品行方正、お坊ちゃんといわれ続けた私は、自分のことを壊してみたかった。
高校受験のとき、僕の受験番号は2番だった。なんで1番じゃなく、2番なんだ?
別に競争している訳でもないので、本当はどうでもいいことなのに、つい、今までのくせで一番にこだわった。
1番は後に親しくなった女の子、ノブ子だった。おまけに3番は安子。この三人、全員合格して同じクラスになった。
なぜ、私がこんなに受験のときから鮮明に覚えているか?といわれると、英語の試験のとき、僕は答案用紙を10分で書きあげ、寝てしまったのだ。
背中を誰かが突っついている。
一度となく、二度いや三度?
いったい何なんだ?
目を覚ますと、笑ってた。
私の後ろの女の子ーつまり、安子だ!
「なに?」
「試験とっくに終わってるよ」
「あ、そう」
私はわざと素っ気ない素振りをした。
「試験中に眠って、答案用紙を回収されても、気がつかないなんて!」
安子は笑ってた。もう一人の女の子と一緒に。
そのもう一人が口を開いた。
「わたし、ノブ子。よろしくね!」
すると、私を突っついた女の子が、
「私は、西岡安子。よろしくね!」
といった。
どうやら、二人は友達同士みたいだった。
次の試験が始まるまでの、休憩の間に、三人で話をした。
ノブ子と安子は地元の中学の出身で、同じ中学の同じクラス、そして、同じ高校を受験ということだった。
「あなたは?」
「え、ぼく」
ノブ子が、「あなた自分のこと僕っていうの?お坊ちゃんなんだ!」とからかった。
憮然としながら、私は「片瀬 俊」といった。
「え〜。シュン君ね」
それから、熊本から出てきてまだ日が浅いたこと、姉がいることなど家族のことなんかじゃべった。
そんなハナシをしているとき、次の試験が始まった。
僕たち三人はこうして知り合い、仲良しになった。引っ越しして最初の友達だった。4月、K高校に通うことになった。
学校が始まると、僕ら三人は一年一組だった。
「よう」
男勝りのノブ子が僕に声をかけた。
「おはよう」
私も返事した。
教室のドアがあいて、また何人かが教室に入ってきた。
安子だった。その後ろに、二人の男子生徒。
「おはよう!」
ノブ子よりは、女っぽくて、ちょっと優しそうにみえた?安子が僕と
ノブ子のところにやってきた。
「オハヨー」とノブ子。
「おはよう」と、私はフツーに挨拶した。
こっちが、タツヤくん、そしてこちらが、タモツくん。
安子がわたしに紹介してくれた。
「よろしく」
「よっつ!」
二人はわたしにそれぞれ声をかけた。
「よろしく」
僕も返事した。
すかさずノブ子がみんな同じクラスになったのね!
ノブ子、安子、タツヤ、タモツ、みんな地元に同じ中学出身だった。
そこに九州からやってきた田舎者が一人加わった。
こうやって、新天地での高校生活がスタートした。
僕はこれといってスポーツは何もやっていなかった。
それにあまり得意でもなかった。
文芸部にはいろうと担任のワカに届けをもっていくと、
「片瀬!ちょっとまて」
「お前、こんな文芸なんてダメだ!俺のところにこい!」
今年新任として赴任した体育教師で、私たちクラスの担任でもあった、
若宮ーみんな、ワカと呼んでた。たまにバカとも呼んでた。ー先生が、私に
声をかけた。
「え〜、陸上ですか?」
「そうだ、お前みたいにいい体してて、文芸なんて許さん!」
「届けを書き換えておくかなら。今日の放課後部室にこい!」
「・・・・」
何も返事出来なかった。
また、中学のときと同じように、おとなしい性格に戻りそうだった。
どのくらいの時間が経ったんだろう?
自分のなかでは、まるで時計が止まったみたいだった。
そして、沈黙がながれ・・・
「ヨっしゃ!」
心の中で、めいっぱい自分にカツをいれて、陸上をやることに決めた。
ノブ子は新聞部、安子は演劇、タツヤは柔道、タモツは放送部だった。
僕は高校に入ったら、勉強しない!と、心に決めていた。
小学校、中学校っと私はずっと姉と比較され、本当に嫌な目にあってた。
僕がどんなに中学のとき、頑張っても23番以上の成績をとることは出来なかった。一学年545人のうち23番なら、悪くはないはずなのに、姉ときたら、
いつも5番以内だった。しかも、一学年670人もいた。
中学に入ったとき、担任の先生が「君は、あの片瀬はるかくんの弟か?」といきなり聞いた。
「はい、そうです」
私が答えると、「お姉さんのように頑張らないとな!」
クラス中が笑った!
顔に火がついたみたいに熱かった。
私は何も言えず、ただ、下を向いてこの恥ずかしい時間が過ぎ去るのをじっとまった。
ここは熊本じゃない!
僕は生まれ変わる!!
2011年04月12日
プルースト、いまだ道半ば
いったい何時読み終えることが出来るのだろうか?
プルーストに出会って、どの位の時間が経ったのだろうか・・・・
やっと半分ほど、
小説を変えたといわれるこの作品、残念ながらわたしにはその作品の面白さを理解するにはほど遠く、行を追っていくうちに、話の流れが自分でわからなくなり、道に迷ったように途方にくれてしまうことが多い。
しかし、そうはいっても一日に1ページだったり、あるいは少し読み継いで10ページほどを読むことがある。
そして、ほんの少し小説を読むことの愉しみを感じる瞬間がある。
つかの間の幸せ。
充実という一瞬が通り抜ける
2011年04月10日
混沌からの断片ーエトランゼー
日常、現実を超えた美しい秩序が存在していて、<略>現実のなかに芸術があるのではなくて、芸術という秩序の光のなかにぼくたちの現実が包まれて置かれている。 <略>秩序をつくり上げることが芸術の目的で、日常のぼくたちの現実は、いわば秩序に対する混沌としたもの、形はあるし、刻々と偶然の様々な要素によって変わっていくけれど、最終的にはそれを乗り越えて、それを秩序づけることが芸術の仕事 であり、それが美というもののあり方なんだ。◆ー辻邦生「言葉の箱」より引用ー
久しぶりに辻邦生の「言葉の箱」を再読。
秩序をつくりあげること、そこに意味があり価値がある.。
混沌とした世界から感じ取ったものを断片として切り取りそれを文字として残す。
その瞬間、一つの断片は私にとって意味を持ち、価値をもつ。
しかし、それはほかの人にとっては、まったく意味を持たないし、価値もない。
だからといって、わたしが正しいということではない。同じようにほかの人が間違いということでもない。強いて言えばどちらも正しい。
そして、いまという瞬間に同時にこの世界に存在するのだ。同じ空間に生きている。
そのことがむしろ大切なのだ。
否定するのではなく、共有し認め合うことから始まる。
そうすることで私の断片は私自身にとって意味をもった断片もほかの人にも共有できる可能性が出てくる。それが私たちが生きているソーシャルネットワークの社会だ。
インターネットという素晴らしい空間に感謝。
わたしが感じたものはけっしてほかの人には感じることは出来ない。
文字として残すことで、時として多くの人に伝えたり、共感したり場合によっては感動さえ与えることもあるのだ。
たとえ自分の存在がこの世界で見知らぬ人であっても、私にとってこの世界は意味をもつ。
だからこそ、混沌としたものから汲み取り一つの断片として残すことに意味があるのだ。
つまり書き残すという作業は大切なのだ・・・・・
2011年04月09日
「閉じられた時の扉」その後・・・・
久しぶりにブログを更新。
ずいぶんとご無沙汰ということだろうか。
長年の自己呪縛を解くきっかけをつかみ、その思いを「てならひ」に綴った。
といってももう二年も前になる。
その後が続かない。
しかし、そのためのノートを認めておいた。念のため書いておこうと思う。
確かな自分の足跡として・・・・
◆ある少女の肖像画
夜汽車で名古屋の実家に帰る車中の出来事。
京都の女子大生のお姉さんの話
静岡のある企業の研究所のお兄さんの話
おばあさんの話
昔、自分の子供をなくしたときの悲しくつらい出来事
長女12歳の子供が憲兵に差し出した、一輪の花
父親がその長女をかばって、憲兵に殺される
長女も栄養失調で亡くなる
戦争が終わって、長女の肖像画を祖母が描く
一輪の花と少女と権力を持った兵隊との対比
父親の死は、無意味、永遠、そこに文学の役割は?
人間が向き合う死と生
我が子を助けること
価値の転換、永遠、
ある少女にまつわる悲しい話と、肖像画に秘められた
時間と空間、文学の問題としてとらえ直すと、そこから導かれるものは
いったい何なのか?
冷凍みかん
研究者の良心との葛藤
自分が読んでいた本
簡潔な文体
ヘミングウェイ
志賀直哉
遠い文学の世界
文学のもつ役割
価値の転換を促す力、想像力
現実との戦い
自分は大学入学したばかり
2011年04月09日
閉じられた時の扉(1)ー出会いー
◆出会い◆
高校三年の夏、僕は真面目に図書館で勉強していた。
もう、バンドもヤメたし、部活の陸上も夏の大会が最後だった。
高校三年間、一応レギュラーにはいっても、県大会毎回予選敗退。
これが僕の部活のすべてだった。
親友のタツヤは地元の国立大の医学部目指して、猛勉強していた。
アイツなら、楽勝ダロー。
僕と違って優秀だった。
なぜだか、一年のときから気があって、バンド組んで、ガッコーでも目立っていたし、女の子にメチャ人気!憧れの的だった。
くそぉ〜、なんで僕はもてないんだろー?
高校生活の三年間、僕は劣等感の固まりだった。
一応、スポーツだって、結構いい線いってんだぁ〜
自分を慰めていた。バンドだって、ボーカルとギター担当だったのに?
そう思いながら、苦手のエイゴの参考書を開いて、視線を横文字の呪文のような
記号ー僕にはそうしか思えなかったーと格闘しようとしたときだった。
つい、てがすべり、母親が高校の入学お祝いに買ってくれた腕時計を、床に落としてしまった。
そのときだった、僕の後ろの方から歩いてきた女の子が、僕の腕時計をふんずけた。
グシャ!
腕時計は彼女の足の下で鈍い音をたてた。
「ごめんなさい!」
彼女は慌てて、僕に謝ってた。
狼狽し、申し訳ない気持ちが顔一面にみてとれた。
一生懸命謝っている彼女のその姿をみて、好感をもった。僕はいつの間にか、大事な時計のことをすっかり忘れ、彼女に見とれていた。
一目惚れだった。
こんなことって、ホントにあるんだ!
僕はこんな自分が信じられなかった。
いつの間にか、僕は自分の世界に入ってた。妄想の世界に浸っていると、
「あのぅ〜」
「時計、こんなになっちゃって」
「本当にごめんさい」
彼女は本当に申し訳なさそうで、気の毒そうな面持ちて、僕に真顔で、こわれた時計を拾って、手を差し出しながら謝ってた。
「あっ、ダイジョーブ」
「こんなの、もう古くなって、買い替えようとしてたから」
おもわず僕はウソをついた、大切な時計だったんだけど・・・。
「でも、壊しちゃったし〜」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ」
「心配ないって!」
これが僕がA子さんと初めて出会った瞬間だった!
正確には、11時34分13秒。
そして初めて交わした会話だった。
まるで、テレビドラマみたい!
すっかり有頂天だった。
僕たちはこうして知り合い、一緒に高校最後の夏を図書館で毎日勉強した。
A子さんは、地元で有名な進学校に通ってた。
僕は家から一番近いフツーの高校へ通ってた。
「そうか?T高か!」
A子さんが通っているT校は、僕の家から電車で20分くらいのちょっとした都会?
にあった。A子さんは僕が通っているK校のある**市の家から、電車通学してた。
もし、同じガッコーなら、同じ電車で通っていたかもしれないと思うと残念な気持ちになった。
やっぱ、勉強しておくんだった。
僕はちょっぴりT校を受験しなかったことを後悔した。
2009年07月18日
「古池・・」
私が再びS町にある、古い山寺を訪ねてみようと思ったのは、三日前だった。
仕事を素早くかたづけて。T駅を昨夜出て三十年ぶりのS町へ着いたのは、まだ冷たい空気が街全体をつつみ、静かなたたすまいの中に朝の光がきらきら輝き始めたころだった。
駅前はすっかり変わり、わすかに昔の面影をのこしていたのは、小さな食堂だけだった。しかし、まだ時間が早いせいか、店は閉まっていた。S町に着いた以上、急ぐ必要はなかったので、例の古い
山寺まで歩いていくことに決めた。
歩き始めていくうちに、すっかり忘れていた三十年前のまだ若く、ひたむきに何かを求めていた頃の自分を思い出していた。
「そうだ、あのときもこの路を歩いていったんだ。」ひとりつぶやきながら、いつしか町を通り過ぎ寺へ続く山道へと足をすすめていった。
あの時は重いリュックを背負い、足にまめをつくり、疲れているにもかかわらず、山道を歩いていったのだった。
「そうなのだ。この山道を超えることが出来なければ、俺はこれ以上生きていくことは出来ないのだ。歩くことがすべてであり、立ち止まることも許されず、後ろを振り返ることも、そして歩くことは私に与えられた唯一の義務でもあったのだった。
何故歩く必要があっただろう?」問いかける暇もなく、黙々と私に与えられた義務を果たすべく歩いた。
頭はボーとしてきて、のどは乾き、腹が減り、足は棒のようになっても、照りつける太陽の光を遮る影もなく、のどの渇きを潤す水もなく、路はそこに続いていた。
全身汗びっしょりになり、今にも倒れそうになったとき、かろうじて自分を支え歩かせようとするのは、やはり義務感なのからなのか?道が続いているから歩いていくのか?人間として自分の意志が存在するから歩いていくのか?思考の機能さえも次第に低下して自分には、わけがわからくなっていた。
突然、からだに電流が走るような強い衝撃を受け、痛みを感じた。
何かにつまづいたのだ。やっと支えていた私のからだは平衡を保つことが出来ず、二、三歩後ろへ
戻りながら、なおも前へ進もうと一生懸命全身の力を振り絞って反抗しようとした。
しかし、次の瞬間には気を失っていた。
意識がもどるまで、どれくらいの時間が経過したのだろうか?
気がつくと、不意に目の前にある水たまりの中へ蛙が飛び込んだ。いままで透き通っていた水は濁り、水面には幾重も輪を描いたが、しばらくすると、水面はもとのように透明な世界を取り戻した。
「古池や・・・・・。」
さきほどの疲労がうそのように消え、からだじゅうに解放感がひろがっていった。
山寺に着いたのは陽が傾き始めた頃で、影が自分の出番を待つかのように徐々に長くなり始めた時だった。当時、私は文科の学生だったが、すべてを焼き尽くし、美しい自然を破壊し、根こそぎ奪っていった「狂気の時間」が過ぎた後、残された私は、生きる方向を失い、何物も信じられず、ひたすら何かを求めていたのだった。わたしは、自らに重荷や義務を課すことによりやっと動くことが出来た。立ち止まることは怖くて出来なかったのである。そして肉体も休むことは許せなく旅に出て、たどり着いたのがこの山寺であった。
かつて何物かに憑かれたように、ひたすら何かを求めて、日本中を探しまわった自分を思い出しながら一人苦笑した。昔の姿をのこし、静かにある気品をただよわせて迎えてくれた山寺は、見事な自然との調和を保っていた。裏手にまわると池があり、ギラギラとした真夏の太陽の光をさえぎり、池を取り囲んでいる木立が、現実を分離させ一個の独立した絵画のような雰囲気を醸し出していた。
私は池のほとりにある岩に腰掛け、視線を睡蓮の花に向けていた。
静寂なこの世界が永遠に続くかのように思われ、別世界を形成していた。清らかな甘い香りをあたり一面に忍ばせて、三つ四つほど花を開かせているが、そのとなりにはまだつぼみの花が見えた。
水面に映った暗く、影をおとしたような木立の中に、鮮やかにくっきりと白く輝く花との対比が奇妙に私の心の中で交錯し、いつしか、今までの張りつめた気持ちが、次第にとけていくような気がした。突然、思わず私は声をあげそうになった。睡蓮の葉から生じてくる、無限のひろがりの輪が、静けさの中に与えられ何度も繰り返されているのだった。あのときもこうして、同じように古池を見つめながら、静かな世界だとばかり思っていた中にも、よく見ると、小さな波ではあるが、
大きな動きとなって、あたり一面をゆるがしていたのだ。
「そうだ、私がここえ来たのも自分を確かめるためにやってきたのだ。あの時、生きる方向を失った私に、この古池が与えてくれたものは、静かな世界にも、人の目には見えない、何か大きな激しい動きがあり、気がつかないところで、現れては消え、また現れては消えるという無限のくり返しが行われているということだった。
そして、今こうして私がここにいるのも、あの無限のくり返しの中に私自身がいることを、もう一度見てみたいという気持ちになったからにほかならなかった・・・・・・・・。」
気がつくと、古池は静けさを取りもどし、いつのまにか、あたり一面ひっそりと静まりかえって、木立の影をそこにおとしていた。
「古池や・・・・・・・・・・。」
この小さな一文は、高校生のときの一文です。
稚拙な文章ではありますが、今の自分にはない、ひた向きな何かがあると思い、これからの自分を見直すために、さらに初心を忘れない様に、あえて、この一文を載せました
2008年04月09日
読んだつもり・・・
自分なりに好きな作家の本を丁寧に読んでいたつもりだったが、
実は何も解っていなかった。
理解にはほど遠い、ただ字面を眺めていたにすぎなかったのだ。
こんな単純なことにさえ気がつかないのだから、人の気持ちも同様に理解出来るわけがない。
さすがにこの事実に気がついた時はショックだった。
自分の愚かさをまたひとつ発見したからだ。
そうでなくても、自信がなくどちらかといえば、劣等感の固まりのような今までの生き方だったのだから。
たとえこの事に気がついても、気がつかなくても時は過ぎていくし、何事もなかったように無難に生きることも、そう難しいことではない。
問題は、私のように自分の愚かさに偶然気がついた時だ。
いったいどうすればいいのか?
気がついた瞬間に一気に落ち込むのだ。
そうなると、何も前向きに考えることが出来なくなる。
そして、否定的な考えに支配されて毎日を過ごすことになる。
憂鬱な日々と闘うことになるのだ。
こうした、暗い日々が続いたとしても、ひとつだけ私の性格で良いところがある。
といっても、このような場合のみ有効なのだが・・・。
飽きぽっくて、忘れやすい性格は、この否定的な考え方に飽きてしまい、ついには
ばかばかしくなり、ノーテンキになるのだ。
そうなると、毎日が楽しくなり、気分も落ち込まない。
話をもどせば、読書という行為にもっと真剣に取り組む必要がある。
もっと深く、作者の考えを読み解かなくてはならない。
そして、文章の奥にある作者の生き方、考え方について、真摯に受け止めなくては、
まともに本を読んだなんて云えない。
もう一度、自分の好きな作家の作品を読み直す必要がありそうだ。
決して暗くならないで、明るくね。
2008年04月08日
いま、この時に
怒濤のごとく流れていった時間。
いったい何をしていたのか、昨日のことさえ思い出せない。
疲れて記憶がないのと同様、老化による記憶障害に近いような衰えを感じている。
その不安が未来に対して、いかなる事も肯定的に考えられないでいる。
誰もが必ず訪れる老いとの闘い。
しかし、恐れていてばかりでは何事も解決しない。
何時訪れてくるか判らない出来事を忘れ、今日を楽しむ。
今、いま瞬間にこそ自分が生きている証がある。
そのことを決して忘れない。
今日の先に明日がある。
この連続した時の流れを大切にしたい。
2008年04月07日
残された道
結局、私に残された道は、自分を磨き、人間としての成長、人間力を高める努力、人間の修行以外に方法はない。
いかに傲慢なわたしであっても、「残された道」があるのは幸せなことだ。
人間として生きることを許されるならば、多くのことに感謝しなければならない
しかし、そのことは私が決めることではない。
わたしにその判断をする資格はない。
これから、どのように生きていくか?あるいはどのように生きようと努力したのか?
どれだけ人間の修行が出来るのか、それが私に残された道。
2008年04月06日
当たり前?
何気なくいきていると、毎日当たり前に、朝起きて歯をみがき、顔を洗い、トイレにいき、朝ご飯をたべ、
当たり前に会社に出かける。
そう、なんの疑問も抱かずに・・・・
とはいっても、いちいち色んなことに、これは「当たり前?」、「これは特別なこと」などと考えて生きていたらそれはそれで疲れてしまう。
そんな毎日を生きていても、ほんのちょっとしたことで、疑問を持ったり、別の考え方があってもいいんじゃないか?そう思うことで、今までの自分の毎日の生活ががらりと変わり、同じ風景を見ても、全く違った光景にみえてしまうことに、気がついた。
こんなことは今ままで一度も経験したことはなかった。
どちらかといえば、別の見方を拒否し、否定してきた。
ということは当然、他人の考え生き方についても、認めてはいないことを意味している。
しかし、私はそのことに全く気がつかずに暮らしてきた。
自分の考え方だけに固執し、肯定する生き方が”当たり前”だったのだ・・・
生活していれば、本当に色んな出来事に遭遇する。
自分では想像もつかないことに出会ったりする。
そんなとき、あわてたり、ショックのあまり他人を恨んだり、遭遇した出来事を憎んだり、決して前向きではない考え方に支配されてしまう。その反対に、恋人が出来て、デートしたり、食事したり、楽しい出来事が続くと、幸福感にあふれて、ずーとこのまま幸福な時間が続くのが当たり前だと無意識に思ったりする。
自分の予期しないことに出会うことも人生の一部なのだとは、けっして思わない。
しかし、人生の一部には、実に多くのことがあるのだ。
今朝あった人は夕方には自分の前から姿を消したり、信じられないことが私たちを待っている<.br>
だから、だからこそ、”当たり前"に思えることが、実は当たり前ではなく、特別なことだと考えて覧る時間が必要なのかもしれない。
特別なことが毎日起これば、当然そのことに感謝するようになる。
「感謝」
私は、いつのまにか、この感謝の気持ちを言葉で「ありがとう」とう一言を伝えることを忘れてきた。
「当たり前」に感謝していなかったのだ。
これじゃあ、ひとの気持ちを理解するなんてとんでもないこと。
独りよがりに気がつくはずもない。
毎日を生きていくことが当たり前だと思わず、感謝する心を忘れない。
そんな、”当たり前”の生活が送れればと願うし、またそんなふうにいきていけたらと
今日の特別の出来事に、当たり前に感謝したい!
2008年04月05日
小さき者
漱石の『草枕』の冒頭は確かこうだったような、
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
さらに、歳をとれば愚痴っぽくなる。
周りはたまるまい。
そう、理屈ではわかっていても、この「小さき者」の性格は変わるまい。
いや、むしろ変えたくない。
そう思って生きてきた節がある。
そのことで、多くの人を傷つけ、不快にさせた。
それは単に正義でもなければ、いきる信条でもない。
ただの我が儘で、屁理屈だ。
偏狭な心がそうさせてしまうことに、私はあまりに多くの時間を賭け過ぎてしまったようだ。
それが単なる自己満足の世界であることに気づかぬまま・・・・。
ひとは誰でも理解されたいし、自分の考えかたや、生き方について正しいと信じている。
そして、自分に正直でありたいとも願う。
「小さき者」
汝はあまりにも多くの世界を覧ることなく生きてきた。
あまりにも傲慢に生きてきた。
あまりにも多くのものを他人に強要してきた。
あまりにも多くのことに腹をたててきた。
あまりにも多くの犠牲を払わせてきた。
自己満足のために、あらゆることを許せないで、我をとおしてきたのだ。。。
自分の生き方そのものが間違っていたのかもしれない・・・・・
自己嫌悪だけでは収まらない。
自分の存在自体が間違いなのかもしれない。
自分のなかにある狭義のの正義感、生き方は多くのひとを傷つけるだけのもの。
混乱する頭の中で、いますぐにこの状況を収めることはできない。
小さき者、汝は生きるに値するや否や?
2008年04月04日
気高き者
人間の尊厳、精神について普段は意識もしないし、考えもしない。
ただ、傲慢にもにた我が儘がそこには存在するだけかもしれない。
自分の面子はプライドのみにとらわれて、真に人間として生きるべき姿勢を見失っている。
そんな思いを感じさせる出来事に遭遇した。
夜も明けきれぬ暗い闇の中に遠く聞こえる、かすかな夢の足音。
気高き者、我に何を教えん。
人はひととして最後までいきる。
どんなに落ちぶれようとも決して物ではない。
人間なのだ。。。。
勇気を持っていきる。
ひとは最後まで人である。
忘れまじ。